米韓FTA5年(5)「交渉過程から追う弁護士・宋基昊氏に聞く
政策選択の主権喪失
国際通商法分野に詳しいソウル市の弁護士宋基昊(ソン・キホ)氏は、米国と韓国の2国間FTA(自由貿易協定)について、2006年の交渉開始から現在まで継続して調査している。米韓FTAの取材で訪れたソウル市内で2月下旬、法律の専門家の立場から、協定が韓国政府や社会に与えている影響を聞いた。
米韓FTAの条項には双方の解釈があるが、英語で書かれていて最終的には米国側の解釈が優先されている。韓国の官僚は母国語で闘えず、精神的に萎縮し、国民が本当に必要とする公共政策が思うように実行されていない。
解釈の審議 非公開
例えば、排ガスが少ない車を奨励する国内の「低炭素自動車補助金」の法案が先延ばしされた。米韓FTAには、国民の健康のために環境政策を積極的に取り入れるとの項目がある。しかし、排気量による税制区分はできないと書かれた別の項目が優先された。
どちらが正しいかは韓国内の裁判所ではなく、米韓共同委員会の場で議論するが、議論の経過は公開されない。協定にはあいまいに書かれた部分が多く、米側は都合良く主張する。「ラチェット規定」と呼ばれる条項で、一度結んだ自由化の合意は後退できない。
主権侵害として別の法律で闘えるのでは、とも聞かれる。しかし、自動車補助金は韓国の財閥の利益とも合致する。財閥はFTA違反だとマスコミを使って世論をあおった。
規定外は米国有利
米韓FTAの基本的な考え方。それはテーブルの上で交渉したものは明文化されるが、上げなければ米国有利になるということ。実際に韓国は、現在進行形の法案はリストアップしたが、将来の政策は上げなかったから駄目だった。米国が韓国で事業する際の全ての規制は認められない、という発想からきている。
FTAによって、韓国の75の法制度が変わったと確認できる。それ以外に何が実現できなかったかを知るために裁判を起こしたが、政府は「そういう情報は収集していないから説明できない」との一点張り。どんな米側の要求があったかも把握できない。
結局のところ、(米国にとって)米韓FTAは、日本を自由貿易に引っ張り出すためだったと私は考える。
韓国内では、FTAで日本より先に米国の市場を確保したと言われ、民族主義を刺激した。FTAで韓国の「経済領土」が広がったと報道された。
農業が最も影響
FTAの本質は、単なる通商交渉で関税を下げるというレベルではなく、主権の問題だ。国内の政策が規制され、労働者や農業者、社会的弱者のための法律が制限される。その政策をしようとすれば「差別」になってしまう。主権侵害に近いと理解した方がいい。
肌で感じる悪い部分は、国内の資本がそれに乗っかったこと。米国でなくても韓国の財閥の要求で公共財の範囲は狭まっている。彼らにとっても、社会的弱者を保護することは利益に反するのだろう。そこを打破するのは難しい。米国との問題であり、国内の問題でもある。
FTAが最も影響するのは農業部門だ。この後5年の変化は、もっと激しいものになるだろう。(おわり、安田義教)
<ソン・キホ>
1963年、韓国全羅南道生まれ。ソウル大卒。ソウル市内で法律事務所を開業、代表を務める。著書に「恐怖の契約米韓FTA」など。
写真=「社会的弱者のための法律が制限される」と米韓FTAの弊害を語る宋氏